【ネタバレ・見た人限定】劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語の一解釈

1.5ヶ月を超えてまだ上映が続いているし、コミックも2巻が発売されるので、そろそろ書こう。


永遠の物語のラスト・叛逆の物語のOP・QBの独白

なぜ、ほむらだけがソウルジェムを消耗させて、魔女化の実験台にされたのか、経緯は明示されていない。

マミと杏子は健在で、魔女空間に取り込まれた(または、突入した)から、見滝原市近辺に大きな損害はなかった と考えるべきなのだろうけど、ほむらが隔離された場所は少なくとも荒野のように見える。

これは、QBがほむらを移送したのだろうか?


その風景は、12話・永遠の物語の最後、ほむらが(まどかの声に励まされながら)魔獣に立ち向かうシーンに類似してもいる。

そして本篇のOPでも、荒野でほむらが まどかの夢から醒めたかのようなカットが含まれる。


この荒野、QBがシールドを形成するために、特別な時空を用意したのかも知れないし、見滝原市のはずれにそういう場所があっただけかも知れない。QBの母星という可能性も。

なお次の仮説から、QB母星と地球の間に、どれだけの時空の隔たりがあっても、問題とはならない。

まったく、超光速航行を平気にやっておいて、宇宙のエントロピー補充などぬかすQBも、贅沢なやつ。


この荒野は、最後、ほむらが宇宙を再編する際の遠景では、青い、地球のような惑星だし、夜空には月のような衛星が輝く。

一方でOPには、白ドレスのほむらが荒野にまどかたちの居る、見滝原市を再現したかのような描写が含まれる。

これだけ取れば、地球の、見滝原市近辺が一度荒廃し、それを元に戻そうとして 強力な(そしてソウルジェムを著しく劣化させる)魔法を用いた 可能性もある。



巨大な結界

2度までも、宇宙の概念が書き換えられる という超バ級(SFにおいて、バクスターを超えるスケール)をやられると、魔法少女の力 -魔力- は、そういう本質じゃないか と思えてくる。

つまり、作用対象における物理法則を書き換えることで、通常兵器と異質な威力・効果を得る ということが、魔法の定義の一つ だと。


そう考えれば、魔法少女が崩壊した放置されたときに生じる 魔女について、その振る舞いがアホとも形容されながら脅威となることは、物理法則が変えられる現象の暴走 と見なして納得がいく。

また魔女の結界は、魔力の作用対象が一定の広がりを持った状態 と定義できそうだ。もちろん物理法則には時空のサイズも含まれるので、ほむらのソウルジェム内に 市一つが収まっても不思議ではない。ビューティフル・ドリーマーに代表される夢オチのように。

またほむらの時間停止能力が、接触しているものに限定されるのも、魔法力の作用範囲と関連付けられそうだ。

(余談: 時間停止中、その中で運動しているほむらたちは、体のごく近くの空気しか呼吸できないはず。だから息が詰まって長時間継続できない という設定だろう。それでマトリックスを超える銃撃戦を続けるなど、無茶しすぎ♡)


もちろん極め付けは、宇宙全体にまで魔法の作用範囲を広げることだ。

一方で、心の中にだけ作用する、ささやかな結界も、何か感動を呼ぶたびに生じているかもしれない。


魔女を魔法少女に戻すことは、前後編までは有り得ない とされてきた。

新編では、ほむらは一旦魔女になりながら、魔法少女に戻ることができたが、それはどう解釈しよう?

IT業界の人としては、『VMの、暴走し、制御構造も破壊されたコードに対し、rebootせずにメモリへパッチ修正するだけで、暴走前の状態を再構築する』というような、無茶なオーダーのようにも見える。絶対に誰も、現実にそんなオーダーを受けることはなく、何らか(プロセス単位・VM単位,etc.)の再起動を伴う。

魔法が無理を通す手段足り得るなら、そんなことを行うこともあり得るかも。



ほむらの悪魔について

二元論、対比するものがあってこそ、神に例えられるアルティメットまどかの輝きが引き立つ。

でも、ほむらの願い(による魔法力)だけで、悪魔となることは可能だったのだろうか?

アルティメットまどかが、ほむらを救済するその瞬間を狙って、ほむらは人間としてのまどかをアルティメットまどかから引き離した。ほむら自身がさやかに言ったように、円環の理の一部しかはぎ取ってない としたら、ほむらが悪魔になる力も、アルティメットまどかの魔法の一部でしかないのでは なかろうか?

悪魔としてのほむらの姿は、スタイルは完璧なのだが、羽根の付き方がぱっちもんくさい。

つまり、魔獣が消え去った後にまどかと対立するであろう というのはハッタリで、力関係としては アルティメットまどかの掌の上でいたずらしている程度のことなのかも知れない。


それでも、友達を救いたい→何度でもまどかに会う→宇宙の法則を書き換えて再編してしまう という行動は、ストーカーと呼ぶには桁違いに壮大で、もう悪魔 って呼ぶしかないのは、納得できるのだけど。


再編後のまどかには、ソウルジェムの指輪はないように見えた。

単に演出上、左手の向きで隠れていただけ という可能性もあるが、ほむらが引きはがしたのは、本当に人間としての鹿目まどか だけなのかも知れない。まどかがアルティメットまどかを思い出しかけるとき、ほむらは、人間まどかだけ と言い聞かせることができるかも知れないが、(普通の)魔法少女と認識させることも、今後あるのかも知れない。


5人そろって見滝原で暮らすことができる、その大団円が成し遂げられるなら、「魔法少女まどか☆マギカ」が駄作に堕ちても構わない 私はそう思って来たが、悪魔という存在を受け入れる苦しさで済む。これは悪くない展開かもしれない。うん。

冒頭30分が魔獣相手に続く… とすることができるんだから。

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